東本願寺山科別院 太鼓楼の瓦屋根の仕上がりです。
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2026/08/14(金)カテゴリ:ミニチュア瓦を作っています
2026/08/12(水)カテゴリ:歴史のある瓦・鬼瓦の紹介しています
2026/08/11(火)カテゴリ:歴史のある瓦・鬼瓦の紹介しています , 鍾馗像を紹介しています
2026/08/07(金)カテゴリ:ミニチュアの瓦を紹介しています
鬼門に置くもの 鬼門の方角を守る「猿」 嵐山のお土産
「猿」の置物
室内の玄関または北東側、壁面・塀庭の北東側に取り付けることができます。
昔から京都では、北東(うしとら)の方角は表鬼門として、その方向から邪気がやってくるとされていました。
京都御所は周囲を築地塀で囲まれていますが、北東の方角だけ隅欠き(すみかき)、または入隅(いりすみ)と言って築地塀をくぼませてあります。
京都御所築地塀 北東方角「猿ケ辻」
この隅欠き・入隅は昔からいろいろなところで行われていて、京町家の蔵の北東の角部分は角を立てずに丸く漆喰を塗ってあります。
京町家の蔵の北東角(鬼門方向) 京町家の蔵の北東以外の角
その他にも敷地や家屋・城郭・寺院などにも北東角の部分を引っ込めてあったり、屋根の角を縋る(すがる)にして凹ませていたりしています。
京都御所ではこの築地塀のへこませてある部分の屋根の軒裏に猿の木像を置いて、祭ってあります。
京都御所 北東の方角の猿が辻 築地塀の破風 猿が辻に祀られている「猿」(破風板の内側)
この木彫りの猿は烏帽子をかぶり、御幣を肩に担いで北東方向を向いています。猿は昔から、邪悪なものから京の都を守る神の遣いとされてきました。
京都御所の築地塀のくぼませてある北東側の箇所は、猿を祀ってある所以(ゆえん)で通称「猿ケ辻(さるがつじ)」と呼ばれています。
この京都御所の北東方向に少し行ったところ(京都御所の北東角より北へ200m)に、幸神社(さいのかみのやしろ)があります。
この幸神社の本殿の北東方向にも、猿の神像が祭られています。
幸い神社(さいのみやのやしろ)の「猿」 (本殿の北東側)
よく見ると京都御所のお猿さんとそっくりです。
邪悪なものが北東方向から京の都に入ってこないように、監視をしている守り神です。
京都御所と幸神社のお猿さんをそっくりまねて造られた陶板のお猿さんが2体、東京にあります。
1体は、東京都新宿区河田町の小笠原伯爵邸です。
小笠原伯爵邸 北東側外壁 北東外壁に飾られている「猿」
ここの猿は、建物外壁の北東側に北東を向けて飾られています。
小笠原伯爵邸は現在、おしゃれなスペイン料理のお店になっています。
もう1体は、東京都港区三田のオーストラリア大使館です。
ここの猿は、周囲の塀の北東角に北東側を向けて飾られています。
オーストラリア大使館 北東側の外塀 北東側外塀に飾られている「猿」
オーストラリア大使館の敷地は以前に、蜂須賀侯爵家のお屋敷が建っていました。
このお猿さんは、蜂須賀侯爵家のものだと思われます。
京都では昔から旧家の北東側に、瓦で猿を作り屋根や塀の上にあげています。
京都府舞鶴市の旧家の主屋の北東側下屋根の上 京都府城陽市の旧家の塀の北東側の上
これも、鬼門の方角を守るためのものです。
「猿」の置物
室内の玄関または北東側、庭の北東側、塀の上・屋根に取り付けることができます。
昔話の桃太郎の物語では、桃太郎が鬼退治に行くときに、猿と犬とキジを家来として連れて行きました。
鬼門(うしとら)の方角は、干支の反対方向の動物が守るとされています。桃太郎の物語では干支の表鬼門と反対方向の猿を先頭に、申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)が選ばれています。
2026/08/03(月)カテゴリ:鍾馗像を紹介しています
なぜ京都の町には鍾馗(しょうき)が屋根の上に上がっているのでしょう。それは、江戸時代の京の町でのお話です。
江戸時代の京の都の話、三条鴨川のほとりの薬屋が新しく店を建て替えた。その大屋根の正面の棟に大きな鬼面の鬼瓦を据えたのである。江戸時代といえば、華美に流れる武家や商家の生活を抑えるために、瓦葺きの屋根を禁じていたのであるが、八代将軍吉宗が享保5年(1720)に禁令を廃止し、逆に瓦葺きと塗壁を奨励したことから、瓦屋根が民家にも徐々に広まっていったころである。しかしながら、やはり当初の瓦は高価なもので、屋根に瓦を葺くのは、武家か苗字帯刀を許された家柄か、豪商の家でないとできないことであった。
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ところで、その薬屋の筋向かいの家の女房が気分が悪いと言い出し、ついには床に伏せた。熱が出てウンウンと唸る女房に、亭主は医者や薬と方々の手を尽くしてみたが一向に治らない。ほとほと困りはてた亭主は、最後の頼みと名高い祈祷師を呼んできて見てもらうことにした。早速女房の病を祈祷した名高い祈祷師は、亭主を外へ連れ出し、原因はあれだと上を見上げて指さした。そこには、いかにも恐ろしい 形相をした巨大な鬼面の鬼瓦が、その亭主の家を睨みつけていたのである。薬屋の主人は、いい格好でもしたくてそのような鬼瓦を造らせたのであろう。
すぐさま亭主は薬屋へ怒鳴り込んだ。ところが薬屋の主人は「そんなあほなことが、ありますかいな」 と全然相手にしない。
「さっさと、降ろさんかい」
「降ろす必要なんかは、おまへん」
と何時までたっても、らちが明かない。![]()
見かねた祈祷師が、ついに一策を考えついた。祈祷師が言うには、向こうが鬼瓦を降ろさないというのなら、こちらの家の玄関の上に、鬼よりも強いと言われる鍾馗像を乗せてみては、と言うことであった。亭主は、早々に伏見の瓦屋で、長靴を履き、黒冠を頭にかぶり、右手に両刃の剣を持った、巨眼のいかめしい鍾馗像を造らせた。それを薬屋の鬼瓦に向けて屋根の上に乗せたところ、見事に女房の病気は治ったということである。
鍾馗は、玄宗皇帝(685~762)の夢に出てきて、鬼を退治したという言い伝えから、鬼より強い鍾馗さんとして鬼退治に登場したのである。
京都の町並みの中を歩くと、方々の家の玄関のひさしの上に鍾馗像が上がっている。魔よけ・厄払いや、家を守ったり、外敵を寄せつけなくするなどの願いを込めてのことである。


