285年前の鬼面鬼瓦です。
滋賀県大津市長等にある傳光院(でんこういん)本堂の北東の隅鬼瓦です。
右側面に、「元文(げんぶん)五(1740)庚申(かのえさる)年 五月吉日」と書かれています。元文五年は江戸幕府、第八代将軍徳川吉宗の時代です。庚申(かのえさる)は十干十二支(じっかんじゅうにし)の一つで、60年に一度回ってきます。十干十二支は、十干(10種類)と十二支(12種類)の組み合わせでできています。十干(じっかん)は、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)の10種です。十二支(じゅうにし)は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類の干支(えと)です。昔は先に十干(じっかん)、後に十二支(じゅうにし)を書きました。
左側面に、「江州志賀郡松本村住瓦師 藤原氏井上七左衛門 重信 作」と書かれています。井上七左衛門(いのうえ しちざえもん)は松本村(現在の滋賀県大津市松本)の瓦師で、江戸時代(1688年記名の鬼瓦があります)から明治時代(明治19年3月廃業)まで七代にわたって瓦を製造されています。重信は井上七左衛門二代目です。井上七左衛門名の鬼瓦は、京都市山科区の寺院の本堂でも見たことがあります。松本村の瓦製造は、長崎オランダ商館の医師のシーボルトが文政九年(1826)に江戸参府の帰途に大津を訪れ、見学して製造工程の詳細な記録を残しています。







